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今回訪れたのは、南三陸の知る人ぞ知る人気店「松野や」
震災をきっかけにたくさんの繋がりを育んできた南三陸には、「あの人に会いに行く」という目的でこの町を訪れる方が大勢いらっしゃいます。外出自粛が緩和してきた昨今、町内のあちこちから「久しぶりに会いにきました!」という声が聞こえてきて、町に活気が戻って来ました。
『農漁家レストラン松野や』もそんなやりとりが交わされるお店の1つ。町内はもちろん、遠方から何度も訪れるお客様が大勢いらっしゃるそうです。松野やでは、リーズナブルでボリューム満点の料理を提供しています。初来店のお客さんは、料理のボリュームに仰天し、会計のときに「本当にこの値段でいいんですか!?」と何回も確認してくるんだとか。町内の友人が食材を持ってくれば、サービスでお客さんに振る舞うことも。そんなサービス精神いっぱいなお店を切り盛りしているのは、松野美枝子さん。松野さんがボリューム満点の料理にこだわる理由は、震災で「みんなにお腹いっぱい食べさせたい」と思ったからだと言います。
生き残った自分には使命がある。辛くてもお腹いっぱいになれば、人は生きられる
2011年、松野さんはスキルス性の胃ガンで余命宣告を受け、町内の病院で寝たきりの入院生活を送っていました。点滴を抜いて1人で2週間ぶりの入浴をしていた時に、東日本大震災が発生。あまりの揺れに津波が来ることを察知した松野さんは、「私はこのまま波にのまれて死ぬなぁ」と思ったそうです。そんな時、大きな揺れで浴室の引き戸が開き、湯船のお湯ごと廊下に放り出された松野さんを看護師さんが見つけました。
看護師さんの誘導で避難した屋上からは、人々が津波で流されていく様子が見えました。あんな若い子が亡くなって、末期ガンの私が生き残ってしまったと泣いた松野さんに声をかけてくれたのは、病院の看護婦長さんでした。
「婦長さんから『松野さん、泣いている場合じゃないよ!ここに残された人は何かしなさいって使命があったんだから、松野さんがんばろう』と言われたんです。そこで私は料理することが好きだったので、『炊き立てのあったかいご飯を被災した人たちにお腹いっぱい食べさせたい』と思ったんです。病気の自分が食べられなくて大変なんだから、健康な人はもっとお腹が空いているだろうなって。津波のことや亡くなった人のこと、この先のこと、いろんなことが不安で、辛くて、しんどくても、満腹になれば眠れるし、生きられるから」
震災の翌日、患者輸送を待つように言われた松野さんは病院を抜け出し、歩いて自宅に向かいました。それから毎日、五升釜3つでご飯を炊いて周囲に配りました。とにかく皆にお腹いっぱい食べさせなければという使命感に駆られて、自分の病気の治療を後回しにして、炊き出しをしていたといいます。
「まだ生きられるなら、お店を始めたい!」
お腹いっぱい食べられるお店、松野やがオープン
震災から数ヶ月後に病院で精密検査を受けた松野さん。炊き出しであちこち動き回り、治療は中断していたはずでしたが、検査の結果、松野さんの体からガン細胞が消えていたと言うのです。松野さんは、「まだ生きられるなら、お店を始めたい!」と旦那さんや息子さんを説得して、「農漁家レストラン松野や」を開店しました。
「当時は、炊き立てのご飯がおかわり自由で、お腹いっぱい食べられて、日替わり定食があるお店がここだけだったから、土木作業員の方がたくさん来てくれたんだよね。1日180人〜320人くらい来るもんだから、目まぐるしい忙しさで!この店が始まってからもどんどん、どんどん元気になっていったよ!」
「店の近くに仮設住宅があって、1人で住んでいるおじいちゃんやお兄ちゃんがいてさ。ご飯を作ったことがないっていう人も多かったんだ。だから、日替わり定食のご飯をおかわりして、そのご飯と残ったおかずを持ち帰って、夜ご飯に食べるとか。明日のお弁当に持っていくとか。そうやって利用してくれて嬉しかったんだ」
松野やは地元の方から単身で来た作業員の方まで、みんなが我が家のように利用してくれるお店になったそうです。お客さんの誰もが、「松野さんが余命宣告受けていたなんて信じられないよ」と言うくらい、毎日全力で、テキパキと働いて、お店を営業していました。
松野やの人気メニュー
カキフライ定食には地元のカキを10個!
実家がお肉屋さんとお惣菜屋さんの松野さんは、小さい頃から料理を叩き込まれて育ったため、揚げ物は得意料理の1つなのだとか。中でも人気なカキフライ定食は、常連の方はもちろん、遠方からも多くのお客様が食べにいらっしゃるそうです。提供時期になると、店内にいるお客さん全員がカキフライ定食を注文する、なんてこともよくあるようで、その人気ぶりが伺えます。
注文が入ってから衣をつけて揚げるから、外はサクサク、中はふわふわ。「せっかくここまで来てくれるんだからお腹いっぱい食べてもらいたい」と言う松野さんがお皿に並べたカキフライはなんと10個(小ぶりの時期は12〜13個ほど)。南三陸自慢のカキの旨味を贅沢に、存分に堪能でき、松野さんがつくったご飯も進みます。海水で漬けた漬物や漁師の友達が持ってきた食材で作る汁物がついてきて、お値段は税込1000円。そのコスパの良さから、「一度ここのカキフライ定食を食べたら、他のお店のカキフライでは満足できない」とお客さんから言われるそうです。
お腹いっぱい食べてもらいたい、という松野さんの思いは今も変わらないようで、松野さんがつくる料理はどれもボリューム満点でリーズナブル。食べきれなかったら持ち帰りもOKです。
ボリューム満点のメニューと松野さんのパワフルさで
生きる力が湧いてくるお店
開店当時は目まぐるしいほど忙しかったというお店も町の復興が進むに連れて、客足が落ち着いてきました。しかしながら、「松野さんに会いたい」とわざわざ足を運んでくれるお客さんが今も途絶えないのだといいます。
「復興の土木工事で来ていた方が、定年退職してから奥様を連れて来てくれたり、ガン患者のお母さんが『松野さんのパワーをもらって帰ります』って来てくれたり。嬉しいよね。生きていてよかったって思うよね。わざわざ、私に会いたいって来てくれるんだから、そりゃお腹いっぱいになって帰ってもらわないとね」
松野さんのパワフルさに、今までも多くの方が生きる力をもらって来たのだと思います。お腹いっぱい食べられて、生きる力が湧いてくるお店、松野やをぜひ訪れてみてください。
今回取材させていただいた「農漁家レストラン松野や」さんのお問い合わせ先:
農漁家レストラン 松野や
営業時間/11:00~14:00
定休日/水曜日、日曜日(フードイベントがある際、土・日休み)
TEL:0226-46-4986
住所/宮城県本吉郡南三陸町入谷字鏡石23-5
東日本大震災伝承施設「南三陸311メモリアル」
松野さんのストーリーは、南三陸311メモリアルでも聴くことができます。松野さんを含む周りの人々の証言映像から「生きるとは」を考えてみませんか?
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