こんにちは
かとぱんです。
先日3月11日TBSの金スマにて日本と台湾の繋がりが放送され、
当町も紹介された場面をご覧いただいた方も多いと思いますが、
この訪問までのストーリーは一切放送されなかったので
今回はその部分を紹介します。
南三陸町は東日本大震災により町内の公立病院を失いました。
仮設診療所のスタート後、入院診療は35㌔離れた
隣町の施設を借りて行うなど、町民や医療スタッフにとって、
大きな負担になっていました。
被災した町の一日も早い復興のためには
町民の安心・安全の拠点となる病院や福祉施設の
早急な整備が必要になっていました。
この病院再建には全国・全世界のご支援をいただいていますが、
中でも台湾からは22億円の支援金をいただき、
病院再建の大きな力となりました。
昨年11月に完成した病院は入院機能の他、
保健センターや子育て支援センターなど住民が安心して
福祉サービスを受けられる総合施設です。
このような希望と安心を与えてくださった
台湾の皆様に心から感謝すると共に、
この素晴らしい施設を架け橋にして、
将来に渡る相互交流の継続を目指した活動をスタートさせてきました。
一昨年には町長はじめ、病院や産業団体関係者が訪台して感謝を伝え、
その後は実際に南三陸への招聘事業を展開してきました。
昨年にはテレビにも映っていたホームステイ先の山内さん方も台湾を訪れ、先生方や来町したことのある学生と再開しています。
このような取り組みを経てようやく今回の修学旅行が実現しました。
いわゆる観光地ではないこの地域で提供するのは
震災からの「学び」と地方ならではの生業を営む方々との「交流」。
今回受け入れをした学校はこうした震災からの縁を繋いできた第一歩、
協会としても宿泊を伴う台湾からの高校団体の受け入れは初めてです。
この高校生が帰国した1週間後、台南で大地震が発生しました。
早朝の地震でしたが、民泊家庭のお母さんや
地域の皆さんが電話をくれて
「この前来た子どもたちは大丈夫か」
「募金活動を開始したいのだけど」
「次に来る子どもたちに被害はなかったか」
そんな声が町の中から上がってきました。
受け入れに関しては言葉の問題もあり、負担になるのではとの若干の不安もありましたが震災の支援が、交流に繋がり、そしてさらなる相互交流に確実に繋がっていることを身をもって知る機会でもありました。
2月にも震源地に近い、台南から高校生が来町。
私たちの震災の教訓を地震の多い台湾に伝えていくことも恩返しになるのだと、その使命を改めて持つことになった出来事です。
震災後に生まれた素晴らしい国の方々との繋がり
ぜひ継続していきたいものです。
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以上かとぱんでした。